明 治 |
|
---|---|
30年 11月 | 通常県会に於て両筑(筑前・筑後)の東部に一中学を新設する議決定。 |
31年 5月 16日 | 臨時県会に於て校舎の位置を遠賀郡洞南村に議定。 |
31年 5月 31日 | 県告示 (1)福岡県東筑尋常中学校と称する。 (2)嘉穂郡飯塚町(現飯塚市)に仮校舎を設置。 (3)6月1日より校務を開始。 |
31年 6月 1日 | 第1代大森藤蔵校長就任(前豊津中学校)。 |
31年 6月 10日 | 開校式挙行。1年172名・2年31名が入学。 |
32年 1月 24日 | 第2代神谷四郎校長就任、大森前校長は第五高等学校へ転任。 |
32年 4月 1日 | 福岡県東筑中学校と改称。1年146名入学。 |
33年 | 野球部創部。 |
33年8月3日 | 第3代金沢来蔵校長就任、神谷前校長は退職。 |
34年 4月 5日 | 1年186名入学。(1〜5年生揃う)。 |
34年 5月 4日 | 福岡県立東筑中学校と改称。 |
35年 3月 20日 | 第1回卒業証書授与式(飯塚町仮校舎にて)挙行、卒業生17名。 |
35年 3月 27日 | 遠賀町洞南村大字折尾(現在地)の新校舎に移転。 |
38年 4月 10日 | 学友会(旧体育会改組)発表、学友会雑誌を創刊(昭和15年終刊)。 |
38年 9月 14日 | 第4代小寺甲子ニ校長就任(前中学修猷館長)、金沢校長は中学明善へ転任。 |
38年 11月 15日 | 第5代尾田信直校長就任(前山口豊浦中学校)、小寺前校長は長野中学校長へ転任。 |
40年 2月 21日 | 第6代吉田豊校長就任(昇任)、尾田校長は台湾国語学校教授へ転任。 |
40年 3月 29日 | 生徒定員600名。 |
41年 4月 10日 | 奨学会発会。 |
41年 6月 10日 | 創立10周年祝賀会挙行、祝歌・撃剣部・柔道部・野球部等運動大会。 |
44年 9月 22日 | 第7代中垣安太郎校長就任(前福岡高等女学校)、吉田前校長は直方高等女学校長へ転任。 |
大 正 |
|
2年 8月 31日 | 同窓会東筑会創立。 |
3年 3月 | 生徒定員700名。 |
5年 3月 14日 | 第8代塚田節校長就任(昇任)、中垣前校長は急逝。 |
5年 3月 15日 | 生徒定員800名。 |
6年 3月 31日 | 第9代岡野代忠校長就任、塚田前校長は茨城太田中学校長へ転任。 |
9年 2月 | 講堂新築落成。 |
10年 3月 8日 | 第20回卒業証書授与式挙行。 |
11年 6月 10日 | 創立25周年記念式典挙行。 |
11年 10月 22日 | 創立25周年記念図書館新築開館。 |
12年 2月 | 校歌岡野校長作詞、岡山城の曲借用、15年頃まで歌われた。 |
14年 4月 1日 | 福岡県東筑中学校と改称。 |
15年 3月 | 生徒定員1,200名。 |
15年 | 相撲部創部。 |
15年 9月 27日 | 第10代安河内健児校長就任(前中学伝習館長)、岡野前校長は小倉市勝山女学館長へ転任。 |
昭 和 |
|
3年 3月 9日 | 第11代有光一校長就任(前中津中学校)、安河内前校長は県視学官へ転任。 |
3年 10月 6日 | 御大典記念プール(25m)竣工式挙行。 |
5年 7月 18日 | 九州大暴風雨のため角力場倒壊。講堂・本館教室・武道場等一部破損。 |
8年 8月 31日 | 北2棟校舎改築(木造2階8教室)竣工。 |
9年 9月 1日 | 第12代矢野礒校長就任(前門司中学校長)、有光前校長は八幡中学校へ転任。 |
13年 6月 10日 | 開校41周年記念式典挙行。同窓会東筑会発会式。 |
17年 3月 31日 | 第13代藤崎弁蔵校長就任(前田川中学校長)、矢野前校長は退職。 |
18年 | 第2代校歌久保勘三郎(6期・一高・東大)作詞、陸軍戸山学校軍楽隊作曲、21年まで歌う。 |
20年 3月 27日 | 4年生・5年生合同卒業式挙行(18年に中等学校修業年限4年に改正)。 |
21年 3月 31日 | 第14代土肥富栄校長就任(前若松中学校長)、藤崎前校長は退職。 |
22年 5月 26日 | 創立50周年記念式典及び祝賀会挙行、記念講演会・記念大運動会。 |
23年 3月 23日 | 併置中学校3年生卒業式挙行。 |
23年 4月 1日 | 学制改革により新制高校となり、福岡県立東筑高等学校と改称。 |
23年 4月 24日 | 開校式。 |
23年 5月 15日 | 学校新聞東筑学報創刊。 |
23年 7月 10日 | 第15代長野文一郎校長就任(前鞍手中学校長)、土肥前校長は退職。 |
24年 3月 1日 | 高校第1回卒業式挙行。 |
24年 5月 1日 | 本校と県立折尾高等学校(旧制折尾高等女学校)及び八幡市立商業高等学校(旧制八幡商業学校)の三校が統合し、県立東筑高等学校(総合制)となる。 生徒定員2,250名(全日制普通科550名、全日制商業科100名、定時制普通科商業科各50名)。 東筑校舎は北校舎、折尾校舎は南校舎となる。 |
24年 5月 6日 | 開校式。 |
24年 6月 4日 | PTA結成総会。新校章制定。 |
25年 9月 30日 | 第16代舟越節夫校長就任(前福丸高等学校長)、長野前校長は急逝。 |
27年 10月 | 校歌折口信夫先生作詞完成。 |
27年 11月 | 校歌信時潔先生作曲完成。 |
28年 4月 | 東筑校舎改築3ヶ年継続事業第1期(理科・家庭科教室等)工事開始。 |
29年 | 第2期(体育館・柔剣道場・相撲場・書道教室等)工事開始。 |
31年 4月 1日 | 全日制商業科家庭科(定員750名)は分離独立して福岡県立折尾高等学校となる。 本校は全日制普通科(定員1,500名)のみとなる。 |
31年 5月 17日 | 第3期(本館)工事開始。 |
32年 2月 12日 | 校舎改築工事竣工、落成式挙行。 |
32年 11月 30日 | 創立以来のシンボル・運動場真ん中の一本松命脈つき伐採。 |
33年 10月 | 運動場の整地工事完了。 |
33年 11月 21日 | 創立60周年記念式典、記念図書館(同窓会寄贈)落成式挙行。 |
33年 11月 22日 | 記念行事(講演会・音楽会・グランド開き・招待野球・招待体操)。 |
37年 4月 10日 | 第17代宮崎百太郎校長就任(前門司高等学校長)、舟越前校長は退職。 |
38年 4月 1日 | 生徒急増対策により本年度に限り1年生(64期生)の定員550名(10学級)。 |
38年 6月 12日 | 創立65周年記念学校祭(体育祭、文化祭)挙行。剣道場落成式挙行。 |
39年 12月 | 学校法人東筑学館(大学予備校、PTA寄贈)認可される。 |
40年 4月 1日 | 学校法人東筑学館開校。 |
40年 5月 8日 | 学校食堂落成式挙行。 |
41年 4月 6日 | 第18代岸秀一校長就任(前稲築高等学校長)、宮崎前校長は退職。 |
43年 3月 29日 | 音楽教室落成。 |
43年 6月 10日 | 創立70周年記念式典挙行、記念誌発行・記念講演会。 |
45年 4月 1日 | 第19代赤間一之助校長就任(前戸畑中央高等学校長)、岸前校長は戸畑高等学校長へ転任。 |
47年 4月 1日 | 第20代村上修一校長就任(前県教育庁高校教育課)、赤間前校長は退職。 |
47年 9月 1日 | 防音校舎改築4ヶ年継続事業第1期工事開始。 |
48年 3月 20日 | 第1期工事(普通教室18室)竣工。 |
49年 3月 20日 | 第2期工事(普通教室12室、食物・被服・音楽各教室各準備室)竣工。 |
50年 6月 26日 | 第3期工事(理科実験室・和・洋作法室・家庭経営室・書道・美術各教室各準備室)竣工。 |
51年 3月 31日 | 第4期工事(図書館、理科標本室)竣工。 |
52年 3月 31日 | 第5期工事(本館改装、自転車置場、バックネット)竣工。 |
53年 3月 6日 | 第6期工事(剣道場・柔道場の一部)竣工。 |
53年 6月 10日 | 創立80周年記念式典挙行(校内のみ)、記念講演会・記念演奏会。 |
54年 2月 19日 | 第7期工事(体育館)竣工。 |
54年 3月 2日 | 創立80周年記念、体育館落成記念模範演技・招待試合、記念式典・祝賀会、同窓会祝賀会等挙行。80年誌発行。 |
54年 4月 2日 | 第21代瀬尾秀巳校長就任(前福岡高等学校長)、村上前校長は退職。 |
56年 3月 8日 | プール竣工。 |
56年 10月 13日 | 弓道場竣工。 |
57年 4月 1日 | 第22代主静雄校長就任(前筑紫丘高等学校)、瀬尾前校長は退職。 |
59年 3月 27日 | 食堂竣工。 |
59年 4月 7日 | トレーニング場(旧食堂)移築竣工。 |
60年 4月 8日 | 運動場改修工事竣工。 |
62年 4月 1日 | 第23代北輝男校長就任(前宗像高等学校長)、主前校長は退職。 生徒急増対策により本年度に限り1年生(88期生)の定員517名(11学級)。 |
62年 6月 6日 | 東筑会館(セミナーハウス、同窓会館併設)落成式挙行。 |
63年 6月 9日 | 創立90周年記念式典挙行。90年写真集発行。 |
平 成 |
|
2年 4月 1日 | 第24代久保田昌秀校長就任(前八幡南高等学校長)、北前校長は退職。 |
3年 6月 15日 | 第1回東筑小倉定期野球大会(毎年6月上旬実施)。 |
4年 9月 12日 | 学校五日制(毎月第2土曜休業)実施。 |
5年 4月 | 1年生定員400名(10学級)。 |
5年 10月 9日 | 学校開放講座(サタデーセミナー、休業土曜に実施)開講。 |
6年 2月 28日 | LL教室改造(旧被服教室)工事竣工。 |
6年 4月 1日 | 第25代柴田正治校長就任(前県教育庁高校教育課)、久保田前校長は退職。 |
7年 4月 1日 | 学校五日制(毎月第2・4土曜休業)実施。 |
8年 4月 1日 | 第26代前川昭治校長就任(前門司高等学校長)、柴田前校長は退職。 |
10年 5月 26日 | 多目的ホール竣工(旧卓球場)。 |
10年 6月 10日 | 創立100周年記念式典・講演・祝賀会等挙行。記念誌「東筑百年史」発行。 |
10年 5月 3日 〜11年 3月 18日 |
創立100周年記念事業(招待試合・生徒アメリカ合衆国派遣及びパネルディスカッション・音楽会・タイムカプセル設置・東筑会ブロンズ像「船出」寄贈「一本松」植樹)。 |
11年 4月 1日 | 第27代北島龍雄校長就任(前朝倉高等学校長)、前川前校長は修猷館高等学校長へ転任。 |
12年 3月 10日 | 投球練習場竣工。 |
14年 4月 1日 | 第28代松岡教知校長就任(前嘉穂東高等学校長)、北島前校長は福岡高等学校長へ転任。 |
14年 3月 12日 | 弓道場竣工。 |
15年 4月 1日 | 第29代古田智信校長就任(前県教育庁高校教育課主幹指導主事)、松岡前校長は嘉穂高等学校へ転任。 |
16年 4月 1日 | 第30代増田俊明校長就任(前八幡南高等学校長)古田前校長は修猷館高等学校長へ転任。 |
16年 7月 | 教室棟空調設備竣工。 |
20年 6月 14日 | 創立110周年記念式典・講演会・祝賀会挙行、記念誌発行。 記念事業:一本松記念碑設置、東筑会館空調設備及びトレーニング機器設置(東筑会寄贈)、施設名変更「百年館」・「浩然堂」・「斉之堂」・「和響堂」・「東筑相撲道場」・講義室「海」「山」「空」、校名額・校章の玄関設置。 |
22年3月31日 | 教室棟・特別教室棟の耐震補強工事竣工 |
23年7月 31日 | |
24年2月29日 | 体育館耐震補強工事竣工 |
24年4月1日 | 第31代柴田晴夫(70期)就任(前宗像高等学校長)前増田校長は退職 |
24年9月21日 | 特別教室棟の空調設備竣工 |
24年11月26日 | 創立100周年記念ブロンズ像「船出」を正面階段横に移設及び説明プレート完成 |
24年12月20日 | 校門正面階段上部の前庭完成 |
◆旧折尾高等女学校沿革史
大正 7年 3月 5日 | 福岡県私立折尾高等女学校として設立認可される |
---|---|
大正 15年 4月 1日 | 県営に移営せらる |
昭和 23年 4月 1日 | 学制改革により県立折尾高等学校と改称 |
昭和 24年 4月 1日 | 東筑高等学校と統合して福岡県立東筑高等学校と称する |
◆福岡県八幡商業学校沿革史
昭和 14年 2月 | 文部省告示第23号を以って甲種商業学校設置認定せられ福岡県八幡商業学校と称する。 |
---|---|
昭和 23年 3月 | 学校改革により福岡県八幡商業高等学校に昇格、八幡市大場ヶ谷小学校校舎に移転。 八幡市立工業学校生徒は本日付けで退学し、福岡県立八幡工業学校その他に編入。 |
昭和 24年 5月 1日 | 高等学校再編成により、福岡県立東筑高等学校、福岡県立折尾高等学校と統合して福岡県立東筑高等学校となる。 |